作品解説
作品《ポジティブさん》は、実際にあった出来事を元に作られた映像作品であり、そこで
はオレオレ詐欺の加害者として少年院に送られた娘と母親が手紙を通してやりとりする様
子を柳田本人がひとり2役で演じたものである。映像は、ひとつの画面を左右に分割した
もので、画面左では柳田扮する娘が少年院の中で母親に宛てて手紙を書いている。画面右
でも柳田が母親に扮し、自宅のリビングから娘に宛て手紙を書く様子が写されている。
「扮した」と書いたが、見かけの差異は無く着ている服も同じで、手紙の内容からでしか
娘か母親かの違いを認識することは出来ない。手紙の内容は字幕として表示され、鑑賞者
はその文面により二人の心情を覗き見することになる。娘の手紙には、娘が犯罪を犯すま
での経緯が詳細に書かれているため、友人関係や家族関係を理由に社会から孤立していく
様子も伺うことが出来る。一方母親はそのような娘の独白に対し、子が成長するに従い、
母親という立場から家庭の外の社会へと自身の生きがいを見出していく過程が描かれる。
この手紙のやり取りから、互いの関係性を確かめているようにも伺えるが、一方、永遠に
分かり会えない孤独な二人の立場が強調されているようも見える。この映像の奇妙さは、
分かり合えない二人の姿が作者の柳田自身であり、独り言のようにも見えることである。
タイトルの《ポジティブさん》とは、正しく柳田自身のことを指している。その家族に起
こった悲劇を、娘と母親を柳田の姿によって鏡像として描くことで、親子の立場が反転す
るかのような錯覚をひき起こさせ、同時に加害者と被害者の立場も反転させる。但し、言
葉や立場が交換されたからといって、わかり合えたことにはならない。柳田は、個人と個
人がわかり合うことの不可能性を前提とした上で、柳田自身が《ポジティブさん》に成る
ことで、わかり合うという幻想を、身をもって引き受ける。(小林耕平)
ステートメント
体験した出来事を基に、他者とのコミュニケーションで感じる得体の知れない奇妙な肌触
りを架空の状況と言語によって再演する。このやり取りは今もどこかで繰り返し再演され
続けていく。他者との会話、部屋で一人考え続ける自分との対話、途絶え続けることのな
いこの事象をせめて前向きに感じながら行いたい。
1996年 東京生まれ
2016年 武蔵野美術大学入学
2020年 武蔵野美術大学卒業
武蔵野美術大学院修士課程美術専攻油絵入学
2022年 武蔵野美術大学院修士課程美術専攻油絵入学卒業
展示履歴
2018年 「painting fields forever」武蔵野美術大学芸術祭 二人展
「SOLID SLIDER :street 東京造形大学CSlab グループ展
2020年 「painting action」ギャラリーroom_412 個展
「ムササビの油」新宿美術学院 SHINBI GALLERYにて大学院選抜展
2021年 「スライドする風景」グループ展(学生コンペ「Mのたね」企画展 第2期)MUJIcom 武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス
映像作品
絵画